1978年 Jazzひきこもごも
上は、1984年3月。アルバム『Works』のプロモーションでジョンとロジャーが来日した際、今までのアルバムを1つ1つ振り返る中で述べたお言葉である。え"え"ーなんで?Jazz素敵やん?
アルバム『Jazz』は1978年7月から10月にかけてレコーディングされる。この頃のクイーンはすでにミリオネア。クイーンプロダクションを立ち上げ、会計士を雇い、税金対策のイヤーアウトで世界を放浪する暮らしを送っている。
レコーディングに使われたスタジオは2つ。作曲編曲などの大筋をスイスのモントルーにあるマウンテンスタジオ(お気に入りとなり後年買い上げる)。9月ごろよりフランスのニース近郊のスーパーベアスタジオに場所を移して仕上げられたそうな。(果てしなき伝説より)
Mountain Studios(現在は展示施設化)
http://www.mercuryphoenixtrust.com/studioexperience/thestudio.html
Super Bear Studios(山火事後再建、経営母体変更)
https://www.facebook.com/SuperBearStudios/
http://villastbenoit.free.fr/php/villa_st_benoit.html
どちらの地でメンバーが誕生日を迎え、ツールドフランス を見て、Dead On Timeの雷雨に見舞われたかは書籍によって、かなり差異がある。総合すると、どうやら前半はマウンテンスタジオ(スイス)、後半はスーパーベアスタジオ(フランス)だったようである。
アルバムのタイトルはレコーディング中に行われていた第12回モントルージャズフェスティバル(7/7−7/23)から。
アートワークは同年4/28ベルリン公演の後にブライアンとロジャーが「ベルリンの壁」を見に行き、壁に描かれた模様を見てインスピレーションを受けたというのが、よく言われる説。
アルバムのタイトル、アートワークに関していつもロジャーが良案を持ち込んでいるんだな〜。
なんとかしてアルバムについて語っているもの探したかったんだれど、アルバム発売に先駆けて10月31日にニューオリンズで開かれた、完成記念パーティーがすさまじったようで、一般誌も音楽誌も、こぞってパーティーのことばかりを取り上げています。
このパーティーはメンバーの私費で開かれ400人が招待。レコード会社の重役からグルーピーまで、えらいこっちゃの大騒ぎだったようです。アメリカのサーカスマガジンにもパーティーの様子が取り上げられていますが。ご興味ある方は、訳してみたので胸焼け覚悟でどうぞ。
"Circus Magazine" 12 Dec 1978
https://ruminantsheep.wixsite.com/queennote/clipping/the-queens-of-the-ball
ライブして、パーティーして、翌日12時過ぎにフランス料理店ブレナンズで行われた会見の写真が上。鏡に映る報道陣の数、すさまじいです。個人的に気になったのが、上のサーカスマガジンで触れられていた、日本人のしつこい記者がパーティも翌日の会見もブライアンを追いかけ回して、終わらない質問攻撃を浴びせていたと。。。時空を超えて、同じ日本人としてごめんなさい。
ああ、アルバムについて語っている記事が読みたい。