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  • 執筆者の写真QUEEN NOTE

『 THE GULF BETWEEN 』(埋まらぬ溝)



クイーンの6枚目のアルバム『NEWS OF THE WORLD/世界に捧ぐ』


アートワークの元絵となったアメリカのSF月間雑誌『Astounding Science Fiction Magazine』の冒頭に掲載されている表紙の作品、Tom Godwinによる『THE GULF BETWEEN』(埋まらぬ溝)のダイジェストを作成しました。


(アルバムについては、こちらのポストにまとめました。)


Tom Godwinの作品は、いくつかは邦訳されておりますが『THE GULF BETWEEN』は日本では邦訳出版はされていません。原著は英文でおよそ50ページ。 読みやすいよう、章立てし、アンカーを入れてみました。 素人ダイジェストですが雰囲気だけでも感じていただければ嬉しいです。


 


THE GULF BETWEEN

埋まらぬ溝


BY TOM GODWIN

Illustrated by Kelly Freas


人を憎む男がいた、人はロボットのように服従しないからだ。

その男がロボットを手に入れた。


 

アンカー


 


第1章



その男は瀕死だった。


繰り返し恐怖が押し寄せる。暗く、息苦しく、身動きが取れない状況が、さらに彼を苦しめた。実直そうなドクターは暗色の瞳で、死にゆく彼をただ見守った。


ドクターは通信パネルに提示された文字をパイロットに指し示す。

『最大加速の影響で監督官瀕死 減速せよ』


ドクターはパイロットに減速を促すが、パイロット席には誰も座っていない。


なぜなら、瀕死の男こそがパイロットなのだから。



ナイト中尉は離れた尾根から23高地をみつめる。韓国の地は雨にぬれ不気味に静まり返っている。敵の最後の砦、23高地の奪取は彼らの軍に課せられた使命だ。


「静かだな」

ウェンディ軍曹はナイト中尉に身を寄せささやく。その瞬間、静寂を切り裂き、敵陣からの砲撃が炸裂した。2人はなんとか身を隠し、攻撃が止むのを待つ。


ウェンディ軍曹の話では、この戦争はまもなく休戦を迎えようとしている。それを願う声も高い。しかし、そのような状況にあって、 一個小隊が23高地奪取に派遣されることとなった。囮だ、敵の砲弾を囮に向けさせ、その隙に23高地の奪取を目論んでいるのだ。この囮作戦を企てたのがカリン大尉である。


この作戦が成功すればカリン大尉は少佐への昇格があるのだろう。カリン大尉は自らの栄光と手柄にしか興味がなく、彼が兵士に望むものは『服従』であり、兵士は命令に従う能力さえあればいいという考えだ。カリン大尉が囮に選んだのはナイト中尉が率いる第4小隊。カリン大尉はナイト中尉を憎んでいた。


戦いの前夜、ナイト中尉は第4小隊とともに過ごす。ナイト中尉は第4小隊の間ではブラッキーと呼ばれ、気心の知れた間柄だった。


「ブラッキーよ、なぜカリンはあのような男になってしまったのだろう。」

「子どもの頃からの付き合いなんだろう?」

「君なら知っているはずだ」


ナイトは答える。

「カリンとは6歳の頃からの付き合いだ、彼は子どもの頃から人を操り、自分の思い通りに動かそうとした。彼は何もかわっちゃいない。精神科医なら何かわかるかもな。俺は歩兵隊にはいたけれど元はコンピューターエンジニアだから精神科領域のことはわからない。」


囮作戦開始まであと1時間。ナイト中尉とカリン大尉が顔を合わせた。カリン大尉がナイト中尉に詰め寄る。

「敬礼しろ。」

ナイト中尉はカリン大尉に噛み付く

「死にゆく俺たちに、お前こそ敬礼しろ。」


カリン大尉は冷たく言い放つ。

「なかなか面白い受け答えだ。まるでメロドラマだな。もう少し実のある話をしようじゃないか。君たちは攻撃から30分後、砲弾を浴びることになる。忘れるなよ、ナイト。君は私の部下で、私は君の上官だ。服従を肝に銘じろ、礼儀を忘れるな。」


Illustration by Frank Kelly Freas, for Tom Godwin's story “The Gulf Between” (p.17)



ナイトが語気を強めた。

「あんたは俺に、いつも汚い手を使うよな。なぜ援軍を待たない。23高地奪取は火急ではないはずだ。あんたの昇格の芽は無くなるが、多くの命を守れるじゃないか。」


カリンの言葉は次のようなものだった。

「どんな戦闘にも犠牲はあるのだ。私が君の部隊に望むものは犠牲だ。命令に反くことは許されない。」


 

第2章



どれほど長い時間、死にゆく肉体という殻の中で、脳だけが生かされたのだろうか。いったいいつまでこの状況が続くのだろうか。


彼は知覚さえ失い、何も感知できない状況だけが、今や慰めとなっていた。だがドクターはそれを許さない。抗ヒステリー薬が投与され、感覚が呼び戻された。その拷問的な処置により、彼は再び恐怖に襲われ、悶絶した。


ドクターはいたずらに彼を苦しめようとしていたわけではない。これは医学的に見ても必死の延命処置だった。空のパイロット席には依然『減速せよ』の文字が表示されている。


減速ボタンさえ押せば助かる状況であり、ドクターもそれを承知している、彼を救いたいにも関わらず…


なぜドクターはボタンを押さないのだろうか。



あれから4年。

韓国での恐ろしい出来事から、カリンとの再開に至るまでの4年間、ナイトは至極平和に暮らした。


23高地の戦闘は文字通り地獄だった。戦闘後は野戦病院から祖国の病院に送られ、しばらく入院を余儀なくされた。停戦は第4小隊の惨殺から2日後の事だった。仲間達の残酷な死は穏やかな死と、苦しい嘘で伝えられた。


退役し、市井に戻り、平服に居心地の悪さを感じながら過ごす日々があった。第四次世界大戦の記憶は深く刻まれ、失われた仲間の存在を平和な世界に見つけることはできなかった。


そのような折、ナイトはコンピューター技術研究センターから手紙を受け取った。クラーク博士と共にアリゾナで働かないかという招待だった。「あなたの論文での理論によれば………当センターで研究をしないか。当センターは脳の実験モデルを持っている。」このようにして『ナイト=クラーク・マスターコンピューター』は興され、センターは西半球での権威となった。


ナイトは以前の生活様式を繰り返すことで現実感覚を取り戻し、金属とプラスチックの世界に没頭することで、戦争の記憶から逃れる事ができた。この4年間で彼は居場所を見つけ、第四次世界大戦の亡霊を眠らせた。


そうしてカリンとの再会の日を迎えた。



プンタ・アズールはカリフォルニア湾の北東岸にある何も起こらない場所だ。人々はくつろいで釣りをしたり、バーで禅問答を楽しむ。


その日のシエスタの時間、ナイトはバーでビールを飲んでいた。カウンターの向こうでは店主が鼻歌混じりにグラスを磨いている。表に車が止まり、ドアをバタンと響かせ、白いジャケットに右手を突っ込んだ男がバーに踏み入った。緊張が走る。その男こそ、ナイトの脳裏に焼き付いて離れない、カリンだった。


カリンは店内を見回した。バーカウンター、カウンター内にはグラスを磨く店主、そしてスツールに腰掛け空のグラスを手にしたナイト。カリンはコートのポケットの中でわずかに右手を動かした。


沈黙を破ったのはナイトだった。

「どこへ行く、カリン。」


カリンはナイトに歩み寄る。

「また会ったな。」

ナイトの近くのスツールにポケットに手を突っ込んだままカリンは腰を下ろした。


カリンは店主に「結構」とだけ伝え、店主はグラス磨きを続ける。


カリンは感慨深げにナイトを見やる。

「世界は狭いな、ナイトよ。狭すぎるとさえ感じる、ここで何をしている。」


「おまえにも同じことを聞きたいよ。」


カリンは何も答えず、ナイトが口を開いた。

「見たところ市井に戻ったようだな。最後に会った時は昇進に夢中だったようだが。」

カリンは歯を食いしばる。

「勲章は手にできなかったと聞いている。泣き喚きながら降格させられたんだってな。皆言いたい事が山とあったよ『無益な犠牲を生んだ愚かな男』と。」


カリンは怒りに赤く染まった。

「感傷的な輩め、私の作戦は堅実だった。現に23高地を奪取した。」


「ああ、そうだろうとも。」

ナイトは作り笑いを浮かべた。

「ともかく、あんたは軍人としてのキャリアを放棄したのか。」


「自分の能力が正当に評価される場を見つけたのだ。」

カリンはそれ以上は答えず、ナイトも質問をするのをやめた。これ以上問い詰めても、カリンはこのバーに来た理由を明かさないだろう。


カリンが口を開く

「3年前の新聞だが、カーブを曲がり損ねてフェザー川に突っ込んだそうじゃないか。」


「正しくは車が崖から川に落ちた。新聞は俺が乗っていたと勘違いしていたようだな。訂正はしなかったが。」

「なぜ訂正しなかったのかな?」

「理由なんてないさ。」


カリンは探るような目でナイトを見たあと、友好的な口調で語った。

「隠し立ては君の為にならないぞ、ナイトよ。新聞はナイト=クラーク・マスターコンピューターの功績で一杯だ。それは1000人の人間を凌駕するそうじゃないか。」


ナイトは表情を変えない。情報を欲しているのはナイトだけではなかった。カリンはコンピューターの事を知りたがっていた。

「知識で言えば1000人以上だな。コンピューターはあらゆる分野の情報を組み合わせ関連性を見出せるという点で価値がある。」


「特に興味を持ったのは、とある記事だ。ナイト=クラーク・マスターコンピューターのナイト氏として、本当の所を話してもらえるかな。」


「どの記事についてだ。」

とナイトは言った後、口をついて

「あんたは俺に、いつも汚い手を使うよな。」


カリンは勤めて冷静に言った。

「その記事では、マスターコンピューターはその知性で武器を創造する能力を有し、固定されず自由に動くというものだ、これがあれば世界を手にできる。」


「なぜ世界を手にしたいんだ。」

ナイトは問い詰め、更に続ける。

「同じ記事を読んだよ。ライターというものは事実には注意を払わず、面白おかしく伝える事が至上命題なんだ。あんたもそれを信じてたとはな、驚きだ。」


「騙されたわけではない。ただ、実際にその知性を利用できるのではないかと思った次第だ。戦車に知識を詰め込んだ脳を仕込めば完璧な戦力になる。戦法を1から100まで理解し、敵を1人でも多く殺したいと願う、熱狂的な戦士だ。」


「残念だな。」

ナイトは首を振る。

「ロボット脳は知識はあっても感情は学習しない。感情や感覚は肉体や神経が作り出す。コンピューターはデータの入れ物で、相関を見出すが、我々が望む答えを推察する感情は持っていない…ロボット脳の戦車は実験段階にあるが。」


「なんだと?」

カリンは驚きを隠さない。

「不可能ではなかったのか。」


「可能だが、現段階では実用的ではない。最良の成果を得るためには、ロボット脳と生身の兵士の緊密な交信が必要となる。」


カリンの驚きは本物だ。

「つまり、ロボット脳は思考装置ではなく、テレビとレーダーの集まりで、リモコンで操作するということか。」


「ちがう。脳は難解な命令を理解し、従うということだ。」


「どこが実用的ではないというんだ。理解して服従できれば、それ以上望むものなど何もない。」


「人間の資質は、主体性と探究心だ。」


カリンは嘲笑する。

「人間の資質だと!君は軍事をわかってないようだなナイト。人間の資質なんてものは、すぐれた指揮官なら部下からまっさきに排除したい要素だ。命令に反する事や自発的な行動は許されない。命令に疑問を持つ事も許されない。君のロボットには完璧な兵士の脳がある。付け加えよう、もう1つ必要な要素は恐怖心の欠如だ。」


カリンは続ける。

「恐れを知らず、命令を理解する知性を有し、絶対服従。これこそが完璧な兵士の3つの要素だ。」


ナイトは肩をすくめ、話題を変えた。

「ドボルスキ首相はロシア・アジアに対していい仕事をしているようだな。正にロボット扱いだ。」


「そのようだな」

カリンは警戒色を強めた。


ナイトはビールのグラスを手に

「10年以内にまた戦争になりそうだ。我々は4対1で劣勢になるだろう。だが、コンピューターの恩恵が得られれば勝算もあるかもしれない。」


カリンは注意深く口を開く

「噂によれば、宇宙船と破壊光線の配備が計画されているそうじゃないか。破壊光線があれば勝算は五分五分、希望的観測だろうがな。」


「そうかな」

ナイトは質問には答えず、話し続けた。

「ドボルスキのスパイを混乱させるために間違った情報を流すことだってある。昨日もセンターで蛇が1匹捕まった。大太刀周りの末、撃たれちまったけど、最後に少し話せた。ロシアとアジアのスパイ組織のトップの正体を聞き出せればよかったな。」


カリンはコートのポケットに手を入れたまま引き金に指をかけた。

「馬鹿な奴め。私を誘導尋問しようとしても無駄だ。」


「スパイ活動が、自分の能力が正当に評価される場だったとはな。」

ナイトは哀れみの目をカリンに向ける。


カリンは素早くポケットから拳銃を取り出し、ナイトの脇腹に突きつけた。

「私と一緒に来て束の間命拾いをするか、ここで消えるか選べ。」


静寂の中で、息遣い、ハエの羽音、店主の鼻歌が不協和音を奏でる。


ナイトはグラスにビールを注ぐ手を止め、ニヤリと笑いカリンの目を覗き込んだ。

「どちらも気が進まないが、バーの床を汚したくはない。」


バーカウンターでは店主が鼻歌を歌い続けている。


「静かな街に騒ぎは起こしたくないだろう。全て話してさえくれれば、君には自由を保障しよう。鞍替えをする時だナイト、無能な弱きを切り捨てて、真に能力が報われるところに行くべきだ。」


「その手には乗らない。死んでも答えられないことは、生きているなら尚更答えられない。」


振り向くと鼻歌混じりに店主がカリンに銃口を向けている。

「今頃気がついたか?」

店主はカウンターに腕をつき、もう片方には45口径のリボルバーが握られていた。膠着状態だ。


カリンが口を開く

「私はドボロフスキ陣営の警察トップになる。警察を支配するものが、国を支配するのだ。彼らを利用して、ロシア・アジアの全て、女子供に至るまで我々の歯車として動かしてみせる。おしゃべりの時間はおしまいだ。私は帰る。」


カリンは銃を落ろし、車を唸らせ去っていった。


Illustration by Frank Kelly Freas, for Tom Godwin's story “The Gulf Between” (p.26)


 

第3章 1節



ドクターは指示を待っている。

彼はドクターを睨みつける。その瞳には一体何が写っているのだろうか。空のパイロット席の通信パネルには『現加速度における監督官の余命は100時間 減速なき限り監督官は死亡する』の文字が示されている。だが減速はなされない。


残された時間は100時間。ドクターは彼を見つめるだけだ。「減速しろ」との指示さえあれば、そのようにできるはずだが、今だその指示はなく、いたずらに時間だけが過ぎていく。


ドクターは、彼が声を発せない状態であることを知っていた。



コテージのドアの向こうでコトンと音がした。ナイトは朝食後のコーヒーを置いて、朝刊を取りに出た。


彼のコテージは、マイルズの家と隣り合い、ぽつんと2軒斜面に立っていた。眼下にはコンピューターセンターが整然と並んでいる。マスターコンピュターが収められたコンクリートの半球は街の南端にあり、その向こうには4つの研究棟が並ぶ。さらなる果てには砂漠が広がり、東には険しい山々が連なる。


この7年で、この街の人口は4000人規模に膨らんだ。それでも大きな街とは言えないが、世界的に見れば食用デンプンの合成に成功したという功績から重要な地である。


ナイトは朝刊をテーブルに広げ、注意深く繰っていく。


ニコライ・チュイコフ大使就任

ニコライ・チュイコフが新駐米大使に任命された。…ドボルスキ内閣の権力者は、一時は地方のマイナーな事務職にまで降格されたが、チュイコフ氏は名誉をもって復帰した。これは反米姿勢が軟化し、東西が和平条件の不可侵協定を守る必要性を強調する動きと見られる。

ページ下部の項目は更に興味深いものだった。


悪党が昇格

野心家で知られるアメリカの悪党ウィリアム・ピーター・カリンが本日付で警察の指揮官に昇格した。政府系の情報機関は、警察の効率性を強化し、人類の敵であるロシア・アジアから本国を守る彼の姿勢を評価。かつて対ロシア・アジアのスパイ組織のトップだったカリンは敵国で権力を経た最初のアメリカ人という、うさんくさい経歴も持つ。彼は2年前にアメリカの市民権を放棄し、その後18ヶ月間、警察の工作員して働いた。彼のロシア・アジアから裏切り者を排除する効率性は機械のような徹底ぶりと注目されている。

外からガタガタという音が聞こえ、新聞から顔を上げると、古びたクーペが、薔薇を蹴散らして庭先に急停車した。ジェーン・マーティンだ。ナイトがドアを開けると

「薔薇のことは謝るわ、ブラッキー、昨日ブレーキの調整をしたから試してみたくなったの。」

彼女は庭を横切るブレーキ跡を見やり

「悪くないでしょ?」

と言ってみせた。


ナイトは憤然とし

「そうは思えないな。中に入って、お前の頭の中がどうなっているか見せてくれ。」


「謝ったじゃない。」

そう言って彼女は自分でカップにコーヒーを注いだ。


「こんなに早い時間にどうしたんだ?俺は仕事とどんくさいアシスタントのことは忘れて釣りにでも行こうと思ってたんだ。」


「どんくさいアシスタントですって?」

彼女はカップを置き含み笑いを浮かべた。

「釣りねえ。」


「やれやれ、わかったよ。何があったんだ。」


「今日はクラーク博士に頼まれて来たの。第4研究室に来て欲しいって。お偉いさんが宇宙船の様子を見たいそうよ。それが終わったらSD-FAの設計図のチェックもしてほしいって。」


「俺にか?そりゃあ楽しそうだ!あと10分で出るはずだったのに、なんてこった。この1週間ずっとナマズ釣りを楽しみにしていたのに。レンチ片手にお仕事かよ。」


彼女は「よかった。こんなに喜んでもらえるなんて。ナマズの相手をしないですんだわね。なんなら私があなたの代わりに釣りに行ってくるわ。」


「君も一緒に第4研究室にくるんだ。」


「え?!どんくさいアシスタントなのに?」


「俺の命令だ。設計図の確認はやっかいな仕事だし、1人でやるなんて到底無理だ。話を持って来た君も道連れだ、付き合え。」


「いいわよ。考えるだけでワクワクする。」


次第に甘さを帯びたやりとりが続く中、呼び鈴が鳴り。2人はぱっと離れた。


ドアが開き、コニー・マイルズが「こんにちは」と、麦わら帽を振り、ゆっくりと歩み寄った。

「見て!今日は杖つかってないのよ。」

彼女の淡い色の瞳は誇りに満ちていた。


「すごいわ!」

ジェーンは姉を抱きしめ、椅子を用意した。

「日ごとに良くなっている。1年前に車椅子になった時、いつかまた今まで通りに歩けるようになるって言ったけど、やってのけたわね!」


「まだまだよ。でももいつか元通りになる。ドクターが毎日運動するようにっていうから、続けるわ。」

それから彼女は2人を見やり

「2人とも、どこか出かけるの?」


ジェーンは笑う

「出かけるというか、仕事があるの。最悪のタイミングだったようだけどね。」


「あら!」

コニーは妹に優しく微笑みかける。

「きっと彼が放り投げたお鉢が回って来ちゃったのね。」


「そうじゃないと思うわ。だって今日の仕事はジョージのせいなのよ。彼に人間らしく振る舞うように教えることはできないもんかしらね。」


コニーは尋ねた

「ティムも残業になったみたいだけど、彼は何かやらかしたの?電話があったけれど、ティムは理由を話さないの。」


ナイトが口を開く

「きっと話せないほどにしっちゃかめっちゃかなんだろう。艦長候補のティムは、スムーズに建造を進めたがるけど、ジョージはあの調子で予期せぬ問題を起こすんだ。」


「設計図のチェックはジョージがする予定だったんだけど、彼はしなかったの。なぜかしらね。」

ジェーンは首をかしげた。


「着いたらわかるさ。」

ナイトはそういい、コニーに一緒に行くかどうか尋ねた。


「私はいいわ。」

コニーは立ち上がり

「まだそんなには立っていられないし、今朝はサガロ通りを散歩してくる。ティムが先に帰って来ても、私がどこにいるかは解ると思うわ。」


「無理しすぎないでね。」

ジェーンは姉を気遣った。

「ドクターの指示とは言えよ。」


「大丈夫、マラソンなんてしないから。ゆっくりね。きっと1.2年で元の仕事に戻れるようになる。今日のところは、ピーナッツが大好きなサガロ通りのシマリスに会いに行ってくる。」

そういって彼女は家を出た。


ジェーンは窓からコニーを見送り

「治るかな…、治るわよね。」

と、ひとりごちた。


「治るとも、間違いなく。」

ナイトはいつもより声を張ってそう答えた。


「彼女が望んでいるのは元の仕事に戻ること。病院に戻って、看護師として、役目を果たすこと…。あと1.2年か。あの背中の手術が本当に最後になるわよね。」


遠ざかるコニーの姿を見つめ、ジェーンは続ける。

「私が6歳の時にママは死んだの。パパは仕事でずっと留守。コニーはまだ10歳だった。聡明な彼女がいたから、私たちはパパから引き離されずに済んだ。コニーは家を掃除し、私の身の回りの世話をし、相談に乗り守ってくれた。姉妹として遊ぶこともあったけれど、母のようなものなの。」


「なんでコニーが事故で怪我を負わなければならなかったの。私ではなく。」


「コニーは良くなる。時間をかけて。心配性のお嬢さん、僕たちもそろそろ出よう。」


「私の車で行きましょう。」

彼女の目が悪戯っぽく輝く。ナイトは一瞬怯んだが

「よし、じゃあ行くか。」

ため息だけが残された。


 

第3章 2節



ジェーンはコンピューターセンターまでの8ブロックを猛烈にエンジンをふかし、車中は会話もできない有様だった。


ゲート前に停車すると「レンチが床に落ちてるわ」と言う。

意味がわからず混乱していると

「ドアの取っ手が壊れているから、そのレンチでこじ開けて表に出るのよ。」

と、彼女は悪びれずに言った。


「やれやれ。君は男の子に産まれるべきだった。」

ナイトは深くため息をついた。


車を降りると、ちょうど空軍所有の車からクラーク博士が、背の高い口髭の男を案内していた。ナイトとジェーンもそこに向かう。


クラーク博士はナイトを認めるや

「連絡がついてよかった。今日はすまないな。」

と言い、ゴードン将軍にナイトとジェーンに紹介した。


簡潔な挨拶を交わすとゴードン将軍は

「ここの仕事は非常に興味深い。我々の生活に多大な貢献をもたらした、マスターコンピューターを以前見せてもらった。今日は長居はできないが、是非『ビッグブレイン』見せてくれ。」

と丁寧に言った。


ナイトは笑いそうになる口元を抑えたが、将軍に見透かされてしまった。

「何か、私は変なことをいったかね?」


「いえ、申し訳ありません。」

ナイトは将軍に向き直り

「新聞は、面白おかしく壮大に報道をする。マスター•コンピューターに関しても大層な評価をしていただきました。しかし実際には鼠取りを発想することもできないのです。」


「そんなことはないだろう。これまでコンピューターは、宇宙船のエンジン、デンプンの合成、癌ワクチン、原子力モーターなどを生み出して来たじゃないか。」


ナイトは「部分的にはその通りです。コンピューターは本来なら『データ相関機』と呼ぶべきかもしれません。伝えたことしかできず、探求心がないので、自ら新しく掘り進めることはできません。例えばの話、新しい鼠取りを作り出そうとする。我々は『よりよい鼠取りを考えてくれ』と命令する。するとコンピューターからは『データが不足している』と返ってくる。データはこちらが提供しなければならない、あれらはデータを提示しない限り、自らデータを取りに行くことすらできない。そういうわけで、お膳立てはこちらの仕事となる、といった調子なんです。」


「なるほどな。」将軍が頷いた。


クラーク博士が口を開いた。

「マスターコンピューターは信頼を得た。センターとしてはそれで構わんよ。我々が作成したデータは、マスターコンピュータの一部となる。ナイトが言うように、実際の成果は開発者まで遡ると言うことだ。」


「人間とコンピューターは連携はうまくいきそうだ。結果が全てを表している。」

ゴードン将軍が楽観してみせた。


クラークは

「いくつかの点に注意を払えば、あるいはそうかもしれませんな。」

と同意し、1つの建物の前で止まった。

「ところで、ここは第3研究室です。航空隊からご発注いただいたD23型も主にここで作られております。調整現場をご覧になりますか?」


「そうしたいところだが、あいにく時間が限られておる。」


「確かに第3研究室は重要ではあるが、見所はそうありません。」

第4研究室に向かう道中、クラーク博士は説明する。

「D23型のブレインは四角いブリキの箱にしか見えない。できあがったブレインは検品及びテストをされ、それから調整室に運ばれて、知性を与えられる。これは幼児に教育するのと同じようなプロセスだが、ブレインはもともと大人以上の学習能力や記憶力をもっているから、音や映像などのあらゆる視覚聴覚分野の情報を高速で認識できる。しかし、その学習速度を持ってしても、学習期間は2000時間に及びます。」


「たまげたな。」将軍は感嘆する。

「そういったメカニカルなブレインが量産されたら、人類は新しい技術や文化の創造以外で、脳みそを働かす必要も無くなってくるな。」


「鼠取りの例を忘れましたか?将軍。」ナイトが囁く。


「いや。ブレインには自発生というものがないのだったな。…しかし、一旦彼らの中に、それさえ作れれば我々と彼らは、主従関係の別なく対等な存在になりえるのだな。」

ゴードン将軍が腕組みをする。


「そのとおりです。一旦そうなれば、ですが。」

クラークは感情の籠らない声で返した。


第4研究室の入り口に到着し、一行は警備員に身分証明書を提示し、入室した。


研究室の中央には宇宙船が屹立し、全てを圧倒していた。足元から丸みを帯びた鼻先までの長さは12メートルで、4つの尾翼は半径5メートルもの大きさがあった。それは一般的に想像されるスリムな葉巻型ではなかった。宇宙空間には空気抵抗がないので、流線型をである必要はないのだ。それはクロム合金製で鈍く反射し、丸みを帯びた形状は、大きな弾丸さながらだった。


宇宙船の出入り口付近にはマイルズとビクセンがいた。2人は普段にこやかだが、今日は緊張の面持ちだ。


「こちらは、パイロットのマイルズと、監督官のビクセンだ。」

クラーク博士はゴードン将軍に2人を紹介した。


ゴードン将軍は

「他の者はどうなっている?この宇宙船は初飛行では満員のクルーを乗せると聞いているが。」


「まずマイルズとクラークの2人でテスト飛行を成功させ、その後、総員で惑星探査を行う運びです。クルーの選定と訓練は現在進めている最中です。」

とクラークが言った。


将軍は宇宙船全体を見渡し

「期日に1年以上も遅れが出ているが、ドライブはまだ搭載されていないのか。」と尋ねた。


「ジョージがカタブツでなければ、終わっていたはずなんです。」

マイルズが言った。


「ジョージ???」

将軍が不思議そうな顔をジェーンに向ける。


「将軍はまだジョージを会っていませんでしたね。ジョージを連れてまいります。」

ジェーンは第1作業室と書かれたドアに向かった。


「ティム、ゴードン将軍に何があったのか話してくれ。」

とクラーク博士は言った。


マイルズが事情を説明する。

「ビクセンのせいではないんです。誰しもジョージがとても有能で知的だということに慣れてしまうと、普通の人間ならわかるだろうと、指示から具体性が抜けてしまうんです。ですが相手はジョージで…。」


第1作業室のドアが開き、マイルズは話を止めた。将軍はこちらに向かってくるロボットに釘付けになった。


それは鋼鉄でできた人型の怪物だった。背は2メートル超で、ゴム底の足で猫のように静かに歩く。その巨体の横でジェーンはとても小さく見えた。


「あれがジョージか!」

将軍は驚き、首を振った。

「君たちの新しいロボットというわけか。人間に近い体型をしているだけでなく、人間臭さもある。エイリアン的に見ればハンサムの部類だ。」


「人間っぽい顔貌は偶然の産物です。」

クラークが説明する。

「D23型の脳は胸にあります。偶然にも目、耳、口を設置したことで、普通の頭の大きさ、つまり体の大きさに対して違和感のない頭の大きさになったというわけです。」


ロボットは彼らと適切な距離感を保って停止し、彼らと目線が会うように、少し下向きに頭を傾けた。実直そうな大きな暗い色の瞳は、思慮深くも見えた。


クラーク博士が続ける。

「距離感を図るために目は2つ必要であり、人間っぽい耳は音響的な効率からその位置に収まり、スピーカーグリルをあの位置に配置することで電話的なものも使えるようになっています。」


「電話?か?」


「さよう。ジョージはなんでもできる。時にマスターコンピューターのデータもチェックし、そのためラインにも対応しているというわけです。設計図のチェックや回路の取り付け、部品の組み立てなどもこなします。彼はとても有能で、疲れることも睡眠を欲することもない。1日24時間稼働できる。」


「ふむ。」

ゴードン将軍はロボットを凝視した。

「D23は空軍での訓練に適合しそうだ。」


「彼らはセンターで技術者の監督の元、訓練を受ける必要があります。それについてはマイルズが説明いたします。」


「そうだった。ロボットによるトラブルが生じているんだったね。マイルズ君、何があったか聞かせてくれ。」


ジェーンは、クラーク博士の様子を見計らって、ロボットに指示を出した。

「用はすみました。ジョージ、仕事に戻りなさい。」

ロボットは向きを変え、無言で第1作業室に戻っていった。


マイルズが話を続けた。

「ビクセンが不在時の出来事でした。ビクセンはドライブの仕上げ段階のK7の反射板の工程に取り組んでいました。取り付け自体は簡単ですが、重要なパーツです。まずロイター合金でメッキする工程がありました。この反射板はプラチナ製の円形のプレートで、直径は20センチです。メッキ加工のために昨日、機器が運び込まれたのですがビクセンが遅番だったので、仕事をジョージに任せ、厚さ65万分の1インチのメッキを頼んだ。ビクセンはジョージに、この合金は非常に高価なので無駄を出さずに加工するよう指示をしました。ジョージはプレートの表面積の計算から必要な合金量を割り出す計算をしました。計算は簡単ですし、次の行程のプレートの取り付けもジョージが行うことになってました。全部やっても20分以上かかることはないはずでした。その部分はジョージに任せたので、私は遅番で到着してから、ドライブシールドの制御盤の回路の取り付けを、作業員と一緒に行なっていました。最初にジョージへの確認を怠った私がバカでした。先ほども申し上げましたが、ジョージは有能で知的ですが、人間ではない。6時間後、第1作業室を見に行き愕然としました。」


マイルズは大きなため息を一つついた。

「彼は机で設計図と睨めっこをして、その横には、数字でびっしりの書類の山がうず高く積み上がっていました。K7反射板は手付かずで置かれたままでした。」


クラーク博士が話を遮った。

「ゴードン将軍がD23の特性をよくお分かりになるように、ジョージに出した具体的な指示をお聞かせしなさい。」


「私は本当にバカでした。」

ビクセンは申し訳なさそうに続けた。

「私はこう指示をしたのです。『紙と鉛筆を持って、このプレートの正確な表面積を求め、それをコーティングするのに必要な合金量を割り出し、厚さ65万分の1インチでメッキしろ。』」


「計算上、割り切れないのです。ジョージは無限の桁数を計算し、マイルズが止めなければ、今もまだ計算していたと思います。」



Illustration by Frank Kelly Freas, for Tom Godwin's story “The Gulf Between” (p.35)



「なんと馬鹿げたことだ。」

将軍は驚きを隠せない。


「つまりそういうことです。割り切れないと分かっていても、彼は命令に従うだけなのです。」


「マシンの仕事は命令に従うことであり、彼らに特別な解釈を求めてはいけない。」

クラーク博士が付け加えた。


「またドライブシールドを外さなければならなかったのか?プレートのメッキはどうなった。」

ナイトはマイルズに尋ねた。


「ジョージに定義を教えたら、5分もかからなかったよ。だが工期はおしてしまった。」


将軍は顔をしかめて考え込む。

「この宇宙船の最終的な目的と、宇宙船を構成する各部品の果たす役割を教えてみてはどうだろうか。全体については簡単だ、効率的な飛行ができ、飛翔物から身を守る破壊光線を備えた宇宙船が欲しい。そして、これをできるだけ早く完成させたい。その知性を持って、仕事の目的と究極の目標を理解し、円周率問題のようなくだらない躓きを回避し、学ぶべきだ。」


「その『目的』をどのように説明すればいいのでしょうか。」

クラークが口を開いた。

「機械は『あり』と『なし』だけを理解し、人間の欲望を理解することはできません。なぜなら人間の欲望は『あり』『なし』ではなく『そうあってほしい』に基づいているからです。」


「そうか…不可能ならば、そうと解ればいいのだが。」

将軍は承伏できずにいる。


「将軍。我々には哲学とも言えるスローガンがあります。数年前にナイトが言い出した言葉なのだが、マスターコンピュータにも貼ってある。人間と機械との間にある乖離を思い出させる文言だ。ご覧になりましたか?シンプルな5つの単語からなる文です。」


「みたとも。大袈裟とも思えるがね。ただ言えるのは私は軍人であり、ロボット技術者とロボットの特性を議論する立場にはない。」


彼は宇宙船を見上げ、話題を変えた。

「破壊光線放射器は積めたのかね?」


「まだです。」

と答えてからクラークは説明した。

「宇宙船は大気圏内にある時、光線の反動をうけてしまうので、今はこれの安全装置を作る仕事をコンピューターにやらせております。」


「君たちはこれが戦争だとは受け取っていないようだが、今はどうなるかわからない状況にある。」

将軍が続ける。

「破壊光線は、報復手段として最高の脅威となるだろう。しかしながら光線は宇宙船から使用する攻撃兵器としてではなく、この国の国境に沿って放射器を配備するのが望ましい。そうすれば空も陸も水をも超えられる完璧な防衛兵器となる。」


「反動の問題さえクリアできればですね。」

クラークが言った。


「反動の問題。そう、君が何も解決策を打ち出すことができずにいるその問題だ。」


「この連鎖反応を伴う反動の処理は難しい。確かに解決できていない。放射器は実際には2つの光線を発射している。2つの光線は放射器の先6メートル地点で交わり、そこから先は線上のあらゆる物質を原子レベルに崩壊させる。最大範囲は設定は可能だ。何もない空間で、AとBは交わるまでは無害。しかし、大気圏内では連鎖反応によって引き起こされる反動があり、交わったAとBの破壊効果は、交わっていないAとBの光線の元にある放射器まで追いかけてくる。その結果、宇宙船や、半径30メートル以内の物質は、一瞬にして破壊され、塵となる。これは反動を受けない宇宙空間での飛翔物からの保護のために設計されているのです。」


将軍は

「宇宙空間で飛翔物以外で、それを使用する必要がないことを願っておる。私は軍人であり、軍の指導者たるものは永久の勝利を願うものだ。戦争ともなれば、敗北だけは許されない。しかし宇宙船から放射された破壊光線で勝利を収めれば、新たな戦争への憎悪を煽ることになる。」


「なぜそう思われるのですか?」

ナイトが尋ねる。


「武装の劣る側が負けるというのは、哲学的には受け入れ難いが『戦争の宿命』とも言える。しかしロシア・アジアの敗北が、宇宙空間からの発射された破壊光線によるものだったら『勝ち目さえなく、フェアではなかった』と議論を呼ぶだろう。勝利を手にしても、手段によっては長く禍根を残すのだ。」


「おっしゃることはわかります。将軍。」

ナイトが言う。

「しかし必要とあれば破壊光線を使う覚悟ですよね。」


「使わずにすめばと思っておる。だが状況によっては、やむ負えないこともあろう。」

そう言って将軍はかすかに微笑んだ。

「古いことわざに『最悪の平和は最高の戦争に勝る』というものがある。これには事実を付け加えねばならない『最悪な勝利は、最高の敗北に勝る』」


時計を見てから将軍は「そろそろ時間だが、去る前に船の中を見せてもらえるかね。」


「勿論です。」


クラークはそう言ったのち、ナイトに向き直り

「悪いが、ジョージがやらかした分の時間を取り戻さないとならない。マーティンと一緒にSD-FAの設計図のチェックをしてくれ、そうすれば夜までにはなんとかなるだろう。ところでマーティンはどこだ。」


「ジョージと一緒だと思います。今後の分担の確認をしているんじゃないでしょうか。」

と、ナイトは言った。


「マーティンは優秀な助手だ。」

クラークは満足そうに大きく頷いた。


4人が船内に入るのを見送り、ナイトはクラークの残した言葉に笑いそうになるのを堪えながら、作業室まで歩いて行った。


実際ジェーンは優秀な助手だった。若いが肝心な時に能力を発揮でき、もっと活躍できる場があってもよいくらいのものだった。


作業室のドアを開けると、予想通り彼女はジョージに向き合っていた。

「わからないかあ」

彼女は呟き

「ポイントはどこだったと思う?」


ジョージは作業台の手を止めることなく、ジェーンに答えた。

「理解している。解釈は2つあります。『喜びの表現』か『発光は失敗』」


「何があったんだ」

ナイトが尋ねる。


「ジョージにユーモアセンスをつけようとしていたの。」

ジェーンはジョージの顔真似をしてみせた。

「ジョークを言ってみせて、何が面白いかを解説してみたんだけどダメだった。彼は面白さがわからないの。」


「試してみるのはいいことだよ。どんなジョークをいったんだ?発光うんぬんって何?」


「ホタルが尻尾を切られて言いました『まあ嬉しい』」(※'I'm delighted!’もじり)


「あぁ…。」

ナイトは口を押さえて震えた。

「ジョージが笑わなかったのもわかる。どんな付き合いのいい人でも、今のは馬鹿馬鹿しすぎて笑えないよ。」


「なにいってるの、面白いじゃない!」

彼女はドアの方を見た。

「お偉いさんはどちらへ?」


「船を見ているよ。僕らはこれから設計図のチェックだ。君は初期状態の回路の確認、残りは俺がやる。」


「やれやれ」

彼女はため息をついて

「やることはわかったわ。ぜーんぶブリキ頭君のせい。」


「ジョークといえば。」

ナイトは茶封筒から設計図降り出し、テーブルに広げ

「農場の娘の所にやってきた旅商人の話をしたことがあったけ?」


「ちょっとやめてよ!」

彼女は話を遮った。

「ジョージが混乱するわ!」


 


第4章 1節



沈黙。


最初から、そこには完璧な沈黙があった。彼を取り囲む沈黙と、その彼を見つめる暗色の瞳。


ドクターはなぜあんなにも静かに動けるのだろうか。瀕死の状況が、そうみせているのだろうか。


ドクターは死にゆくものに敬意を表しているのだろうか、そうに違いない。


一瞬にして抗ヒステリー薬による狂気は限界を突破した。無感情となり、狂気は恐怖心さえも超越した。


『現加速度における監督官の余命は20時間 減速なき限り監督官は死亡する』


通信パネルの文字が告げる。


面白い。

笑いたい衝動に駆られる。

ドクターは指示がなければ減速できず、減速しなければ彼は命令を出すことができないのだ。


面白い。

命令がなければ減速できない、減速しなければ命令できない。


熱い…走る…熱い…

負のスパイラルだ

ぐるぐるぐるぐる


誰かが笑っている、暗闇の中で感情が消えていく…まわり続け、笑い転げ…


冷たい正気が戻る。厳しい状況が突きつけられ、快適な狂気は影を潜めた。


ドクターは立ち上がり、彼の血流に抗ヒステリー薬を打ち込んだ。恐怖が再び彼の中を駆け巡る。その繰り返しだった。ドクターは彼を見つめ、狂気が彼を襲うタイミングで、絶望的にも薬が打ち込まれる。


ドクターは彼を憎んでなどいない。

なぜドクターは彼を拷問にかけるのだろうか。



1年後。

宇宙船のテスト飛行から6日後、ロシア・アジア外交は大幅な転換を迎え、欧米代表者の自由な視察を約束した。


「軍事力の大幅な低下」はナイトにとっては意外なことでも、不思議なことでもなかった。


ロシア・アジアとの関係は、見せかけの約束と騙し合いの上に成り立っており、この決定の裏には何かがあるとナイトは恐れていた。


もうひとつ。その5日後に起こったことは、彼を凍りつかせるのに十分だった。今になってカリンによるスパイ活動の触手の一端がセンター中枢で発見されたのである。



ナイトは落ち着いた様子でゴードン将軍とその上官であるマーカー将校を船の管制室に案内していた。2人に上から下まで見せてまわり、仕組みを説明し、観光ガイドさながらに質問にも答えていた。それは夜ともいえぬ明け方に行われたせいで、ナイトは船の初飛行に備えて眠ることは殆どできなかった。


「ここが操縦室です。操作パネルと計器類の向こうにあるのがパイロット席、こちらは監督官の席です。」

ナイトはパイロット席の後ろを指さした。

「監督官席は計器類が少ないですが、いくつかのモニターが備わっています。パイロットは操作パネルのボタンで手動で操縦することもできるますが、音声コマンドを使ってD23での機械操縦も可能です。緊急時は監督官による音声コマンドで船を機械操縦することもできます。しかしながら監督官席には手動制御ボタンは配置されていません。監督官の任務は、観測と記録、地球との常時交信です。」


監督官席にある小さな通信パネルを指さした。

「これで地上管制局と交信します。ふたりともご覧になったと思いますが、ここから西60メートル先にある小さな鉄骨の建物です。そこには必ず1人が常勤している。」

彼がスイッチを入れるとスクリーンに空の椅子と、その先に鋼鉄の扉が映し出された。

「もちろん今は誰も座っていませんが、船が離陸する時には当直のものがいるはずです。」


「この地上管制局の目的は何だ。もちろん船を制御するための補助的な手段だろうが、なぜかね。」

マーカー将校が尋ねた。


「使わないに越したことはない安全策としてです。この船に齟齬はないと信じていますが、人命を危険に晒すことがないよう次善の策です。ここで監督官と常時交信し、船の駆動装置の補助制御も行います。万が一、パイロットと監督官が意識不明になっても地上管制局から船を安全に地球に戻すことができます。」


「どの操縦法が優先されるのかね。パイロットの手動運転、機械操縦の口頭命令、それとも地上管制局からの制御操縦かな?」


「地上からの制御が、船内のどの命令よりも優先されます。マイルズとビクセンは精神的に安定しており、選ばれたものですが、もし船内で2人に亀裂が生じたとしたら、機械操縦に誤った命令がされるかもしれない。あってはならぬことですし、起こるとも思えないのですが、地球へ破壊光線を向けるなど間違ったことが起きても対処できるよう、我々は安全策をとっているのです。」


「搭乗員にドクターはおるのか。」


「技術的に最高のものがおります。しかし技術面以上のものが求められる環境なので、補助制御もあると言うわけです。」


ゴードン将軍は監督官パネルの赤いノブに触れた。

「これで破壊光線を発射するのか。」


ナイトはうなずく。

「そうです。オンに回し、最大射程距離を設定する。1年前ここでお話しした安全装置はコンピューターにより仕上がりました。謝って電源を入れも船が破壊される心配はありません。」


ナイトは赤いノブを回すと、将軍たちは不安げに目線を交わし合った。

「いま、最大出力となりました。この安全装置は船が大気圏内で破壊光線を用いる時、連鎖反動を防いでくれます。」


ナイトはスイッチを切った。マーカー将校が尋ねる。

「君は安全装置に全幅の信頼を寄せているようだね。」


「堅実な作りで信頼がおけるものです。」


「しかし何故マスターコンピューターにも貼ってあるあの5語のスローガンを、監督官席のパネルにまでデカデカと掲示するのかね。」


「機械が見識を持っていれば話は変わってきます。監督官は非常時ロボット脳を介して船を操縦しなければなりません。この5語でできた文は、機械を扱う際に忘れてはならない哲学であり、人間のパイロットに命令を出しているのではないことを監督官に思い出させるためにも必要なのです。」


「離陸まで6時間だな。船の準備はできているのだな。」

ゴードン将軍が尋ねた。


「準備はできております。マイルズとビクセンは最後の睡眠をとっています。正確にはあと1時間の睡眠です。2時間以内に彼らはここに合流し、クラーク博士と技術チームが全体を最終チェックします。この宇宙飛行は初の大きな試みで失敗は許されません。」


「この宇宙船の初飛行が戦争兵器としてではなく安堵しておる。安全運行ができるように構築されていると信じておるぞ、君が地上管制局のことを言ったようにな。」

マーカー将校が言った。


「外の警備をご覧になりましたか?」

ナイトが言う。

「地上管制局の扉の外にも警備員がいます。船は現在、鋼鉄製の開閉壁に囲まれており離陸できない状態です。開閉壁の制御装置は地上管制局内にあります。7年前、戦争が目前に迫ってると懸念された時に建てられた対空砲もまだコンピューターセンターの周囲に配備されたままです。撤去命令は誰からも出されず、今もまだ24時間体制の配備のままだと聴いています。」


「ロシア・アジアがこの宇宙船に対する対抗策を持っているのなら、奴らはそれをうまく隠しているようだな。」

マーカー将校が言った。

「我々の諜報機関からはなんらそういった報告を受けていない。さて、我々もここを出て、前哨戦開始前に2時間ばかり休むとしよう。」


ナイトは船外に出ると、ジョージがドライブルームで操作パネルや回路をチェックしているのに気がついた。ロボットは人が通り過ぎても、作業から顔を上げたりはしない。ロボットは必要な回答のみをし「おはよう」だの「おやすみ」の挨拶で時間を無駄にしたりはしない。


コンピューターエリアのゲートで、将校と将軍と別れた。2人はセンター内のホテルに戻り、ナイトは寝静まった街を車にのって自宅に帰った。疲れすぎて眠れそうにもなかったが、1時間半後にアラームをセットしベッドに入った。


 

第4章 2節



1時間15分後、ドアベルが鳴り

「ブラッキー起きて!」

というジェーンの声に起こされた。


「どうした。」

と彼はうめき、服を手にベッドから這い出した。


「ティムの家に来てちょうだい。」

ジェーンの口調には怒りと焦燥感が滲んでいた。

「どうにかして!」

そういって彼女は急いでマイルズの家に向かった。


ティムが何かのトラブルに巻き込まれたのかと思うと心配だったが、ジェーンのわかりやすく怒った様子に、ナイトは内心にニヤリと笑った。


服に着替え、まだ暗い表に出ると、マイルズの家には灯りがともり、縁石には官公庁ナンバーの黒いセダンが止まっていた。


家の中からはティム・マイルズの、怒りとも困惑とも取れる声が漏れ聞こえる。ナイトはノックもせずマイルズの家に入った。


部屋の中には、ティム、コニー、ジェーン、そして冷ややかな目をした4人のグレーのスーツの男達がいた。ナイトはそれが警備担当のホイットニーという男であることに気がついた。


彼はナイトの挨拶に頷き、テーブルセットに腰掛けたコニーは「こんにちは、ブラッキー。」と挨拶した。


顔を真っ赤にしたマイルズは、ホイットニーをにらみ、ジェーンはコニーの側のテーブルに目を血走らせて立ち、テーブルの縁を握りしめていた。


ナイトはホイットニーの歩み寄り

「どうしたんだ。」

と尋ねた。


「船が妨害工作された。」ホイットニーが言う。


「嘘だ!」

マイルズは断言した。


「ちょっとまて」

ナイトはマイルズからホイットニーに視線を移し

「1時間前に出た時にはそんなことはなかったぞ。」


「1年前から妨害されていた。」

ホイットニーは言う。

「それがわかったのは今夜。正確に言えば30分前のことだ。」


「本当か?」

ナイトは尋ねる。


「俺がやったってことになっているんだ!」

マイルズは怒りをあらわにした。

「離陸時に爆発するように操作パネルとドライブを交差配線したっていうんだ。」


ナイトがホイットニーに言う。

「信じられない。マイルズとは数年来一緒に仕事をしているんだ。もちろんセキュリティが容疑者の無実を証明するには、友人への個人的な見解よりも、証拠が必要だということはわかっている。詳細を教えてもらえれば、お役に立てるかもしれない。」


ホイットニーは

「彼はまだ正式に告発されてはいないが、妨害工作を行った疑いが強い。疑われている理由はこうだ。」


「ロボットのジョージは今日、マイルズとビクセンと船の点検を手伝っていた。これは明日の試験飛行にそなえての安全確認だそうだ。マイルズは午後の早い時間に自分の分の作業を終えて帰宅。ビクセンもその後1時間程度で帰宅したそうだが、ロボットに操作パネルとドライブの回路の確認を任せた。これはマイルズが『不要だ』とした作業だ。ロボットが回路のチェックを終えたのは30分前。彼はセキュリティに電話をかけてきた、妨害工作を見つけた時はセキュリティに連絡するよう命じられているからね。そこでドライブの回線が交差配線され、起動直後ドライブが爆発することを私たちに知らせてきたというわけだ。」


マイルズが大きなため息をついた。

「いっておくが、あの回線にはそんな細工はなされていない。俺が取り付け、操作パネルへの密封溶接も俺自身がやった。」


「この妨害工作は1年前には行われていたと言うことか?」

ナイトが尋ねた。


「その通りだ。」ホイットニーがうなづく。「マイルズは設置、配線、密封を彼自身がおこなったと言っている。そしてパネルは今も密封されたままだ。」


「ああ、そうだろうとも!」

マイルズは激昂し

「あの回線は交差配線などされていない。一体どうなってるんだ、あの回線の仕組みなら熟知しているぞ。」


「ロボットが回線を調査して、交差配線を見つけたんだ。ロボットは嘘はつかないだろう。」

ホイットニーが言う。


マイルズは途方に暮れた表情で

「その通りだよ。だが何かの間違いだ。」


ホイットニーは静かに腰掛けるコニーに冷たい目を向けた。憤るジェーンとは対照的にコニーは落ち着き払っている。


ホイットニーが

「そのほかにも…。」

と口を開くと、ジェーンは身がまえた。


「マイルズ夫人、何故そんなに頻繁にサガロとサードの間にある公園に行かれるのですか?」


コニーは驚き、目を見開いた。

「私がそこに行くのは、ドクターに散歩するよう言われて、そのルートに沿って歩いているからよ。なぜ?」


「よく公園中央の石碑の横に座っておられますね?」


「いつもそうしているわ。なぜそんなことを聞くの?」


「なぜそこに座ることにしたのですか。」


「理由は2つ。ベンチがあって座って休めるということと、石碑に巣を作ったシマリスに餌をあげるためよ。」


「要点を言えホイットニー!」

マイルズは我慢の限界に達した。

「遠回しにふざけるな。妻も疑われているのか!」


「匿名の電話があったんだ。」

ホイットニーが続ける。

「見つけたときは意味がわからなかったが、その電話のおかげで、紙片に書かれていた内容が理解できた。ブリキの箱に入っていた紙切れにはこう書かれていた。『十字OK。疑念NO。 Ill予定通り。』」


「それが妻と何の関係があるんだ。」

マイルズが噛み付く。


「ロボットが妨害工作の一報をよこして、メッセージの意味が解った。どうにもわかりやすいじゃないか。『十字OK。疑念NO。』ドライブが交差配線されており、誰もそれを疑っていない、ということだ。『 Ill予定通り。』はドライブを妨害工作した本人は、船の離陸の日に仮病を使い、爆発時には、そう船内にはいない。」


ホイットニーはコニーをみつめ

「匿名の電話は記念碑を調べるようにと言った。そこで隙間に挟み込まれたメッセージを見つけたというわけだ。それはマイルズ夫人がそこを立ち去ってほんの数分後のことだ。」


一瞬の沈黙ののち、ホイットニーの声が鞭打つようにコニーに告げた。

「そのメッセージが何かはご存知ですね?」


ジェーンがテーブルをひっくり返し、眼光鋭くホイットニーに襲いかかった。

「知るわけないでしょ!この大ボラ吹き!」

怒り狂った猫のようにジェーンは吐き捨てた。

「姉さんはスパイなんかじゃないし、メッセージなんて何も知らないわ!」


ホイットニーをひっぱたこうとするジェーンの手をナイトは素早く制した。その手からは山猫のような荒々しさが伝わってきた。


llustration by Frank Kelly Freas, for Tom Godwin's story “The Gulf Between” (p.43)



「ジェーンだめよ!」

コニーはジェーンの肩を抱き

「喧嘩はよしてちょうだい、仔猫ちゃん。彼は自分の職務を遂行しているだけなのよ。」


ジェーンは抵抗はしなかったが、その目は依然憎しみに燃えていた。

「あいつは姉さんをスパイ呼ばわりした!誰にも姉さんをスパイ呼ばわりなんてせない!」


「彼は私のことをスパイとは言ってないわ。メッセージについて何か知っているかって聞かれただけよ。」


「君の懸念はわかったよ、ホイットニー」

ナイトはジェーンの手を離したが、まだ気を緩めてはいない。

「何者かが妨害工作を行い、それが誰かを突き止めるのが君の仕事だ。だが、薄っぺらな情報で結論を急ぎ過ぎてはいないか?」


「誰かを辱めたり、不快な思いをさせようとしたわけじゃない。」

冷ややかな目でホイットニーは答えた。

「私の仕事は、人を無罪と有罪に分別することだ。容疑者に思いがけない質問を浴びせ、その反応を見ることは振り分けに大いに役立つのだよ。」


「じゃあ、他の人にも同じ質問をしたら?」

ジェーンがくってかかる。

「ビクセンや船を作った技術者たち、そしてジョージにも。一体どんな確証を持っているって言うのよ。」


「ジェーン座ってちょうだい。彼にも質問の機会をあげないと。」


コニーに促されジェーンが座ろうとすると、ホイットニーが同調し

「そうとも座りたまえ」

とジェーンに命令した。


この一言でジェーンは再び激昂し、とうとうホイットニーをひっぱたいた。


「私に指示をしないで。質問があるならさっさとしなさいよ。」

ジェーンはホイットニーの前に立ちはだかり、決して屈しなかった。ホイットニーは困憊の表情を浮かべた。


ナイトは彼に同情しつつ、その様子を密かに楽しんで見物していた。


ホイットニーは危険な輩を相手にするのには慣れていたが、湯気をたてて威嚇する山猫に対処することはできなかった。


「今のところは、もう結構だ。」

ホイットニーはそういい、ナイトに向き直った。

「クラーク博士はユマにいるのだが、電話を受けて戻ってきているところだ。博士は本飛行の延期の指示を出した。彼が戻ってきたら、船の関係者全員を尋問する、ロボットも含め。」


「ジョージには何も聞いていないのか?」

と、ナイトが尋ねた。


ホイットニーが苦笑いを浮かべる。

「ごく簡潔に聞いただけだ。ロボットに質問をしても、あまり参考になることはない。ロボットは与えられた質問に答えるだけで、質問の全体像を把握させるには時間とさらに多くの質問が必要になってくるからな。我々がロボットに質問したのは、チェック時にドライブに交差配線が判明したのかと簡単に聞いただけだ。クラーク博士が戻ってきたら、徹底的に聞いてみよう。」


「ビクセンには聞いてみたか?」


「彼はセンターの連絡室で、友人と一晩過ごしていたそうだ。係のものが追っているが、じき戻ってくる。」


「ここにか?」


「コンピューターエリアのゲートに集合したのち、第4研究室に向かう。そこで誰が罪を犯したのかを調べようじゃないか。」


ホイットニーはマイルズに向き直る。

「ご夫人は証拠も不十分ですし、お体も不自由なので、ここに残ってもらいます。もし彼女の証言が必要な場合は係のものを向かわせる。残念ですが、君は私と共にきてもらう。今のところ証拠が指し示しているのは君の関与だ。君が無実だと言うのなら、我々はその証明に全力を尽くす所存だ。だが、もし有罪となれば…」

ホイットニーは不気味な笑みを浮かべた。

「我々はその証明に全力を尽くす所存だ。」


「たすかるよ。」

マイルズは凄み返す。

「のぞむところだ。」


コニーは立ち上がり

「彼が無実であるのは疑いようもないことよ。全く馬鹿げている。でも全員を調べて犯人が見つかるまで、疑われるのはしかたがないわ。記念碑のメッセージの事は私は何も知りません。そこに座ってシマリスに餌をあげてはいるわ。でも誰か外国のスパイがメッセージを残していたなんて全然知らなかった。」


「匿名の電話だなんてキナ臭いよな。裏は取れているのか。」

ナイトが言う。


「これからだ。」

ホイットニーは答えた。

「我々はマイルズ夫人がこの事件に関与している証拠は得られていない。ご主人の場合は違ってくる、彼自身が回線を組み、船が破壊されるような配線がなされていたことが判明している。」


「ロボットが間違えたと言う事は?」

コニーが尋ねた。


「もしかして交差配線などされていないかもしれない。ロボットがチェックミスをしているかもしれない。」


「それはない。」

ホイットニーが答える。

「ご主人が言うように、ロボットはミスを犯さないし、虚偽の報告をすることもない。」


「その通りなんだ、コニー。だが、俺がドライブを破壊工作を働いていないことも事実だ。」

マイルズはコニーに腕を回し

「数時間後には戻ってくる。その頃には全てが丸くおさまっているはずだ。」


ホイットニーに先導され、マイルズは振り返らずに家を出て行った。


ナイトは「車で後から行くよ。」と告げ、ホイットニーは「わかった」と短く返事をし、マイルズと共に散歩道を進んだ。ナイトは部屋に残った姉妹に向き直った。


「間違いがあった事は確かだ。何かは分からない。何者かがドライブに破壊工作を仕掛けた、ジョージは機器を使ってドライブを点検したはずだ。俺は今から行くが、ジェーン、君も一緒に来たほうがいい。どのみち関係者は後で全員集められるし、君は俺と同じくらい船のまわりにいただろう。」


ジェーンはナイトのいるドアに向かい、コニーに振り返っていった。

「私たちが留守でも心配は無用よ、コニー。昼前にはティムの汚名を晴らしてくるから、まっててね。」


「きっとね、もちろんよ。」

コニーはそう言ったが、部屋に1人残されたコニーは急に小さく寂しそうにナイトの目に写った。


 

第4章 3節



東の空が朝焼けのピンクに染まるなか、車は走り出した。


ジェーンは黙りこくっている。姉には大丈夫と言ったものの心配そうな様子だった。ナイトはゆっくりと車を走らせながら、2つの事実の間にあるものを見出せずにいた。


ティム・マイルズは船に破壊工作を仕掛けていないが、ロボットには嘘をつく動機がない。


ロボットの脳にはある種の特徴があった。機械は命令に従うように作られており、命令に対し疑問を抱く事はない。機械には意思はなく、命令されない限り行動もしなければ、情報提供をする事もない。


彼は結論に至った。子供でもわかるような簡単な事だった。


機械が自発的に虚偽の発言をする事はないが、機械の特性として正確で疑うことのない従順さがある。ロボットのジョージは、自らの意思で虚偽の発言をする事は決してないが、命令されればそうするだろう。


彼は車の速度を落として思案した、ジェーンが不思議そうな顔をする。

「まだ3ブロックしか走っていないのに、どうしたの?」


「ドライブは妨害工作などされていない。ジョージはそう申告するように命じられたんじゃないか?誰もそれが本当なのか彼に聞こうとはしないだろう。」


「でも、どうして?ティムをこんな目に遭わせて誰が得するの?」


「個人的な理由ではなく、誰かが今日行われる試験飛行を阻止したかったんじゃないか。」


「それは…」

ジェーンは虚をつかれた。頭上から南西方向に向かって、何億匹もの蜂が群れるような音が聞こえてきた。

「あれはなに?」


ナイトは車を停車させると外に飛び出した。カルフォルニア湾から戦闘機が波のように押し寄せ、次々とセンターに降下していく。


第一波は到着するや、速やかに隊列を組み、センターを囲む6台の対空砲を攻撃する小隊と、センターを攻撃する本隊に分かれた。本隊がセンターを射程に捕らえた。


「どういうこと?」

ジェーンはナイトの腕にすがった。

「うちのじゃないわ。」


「あれはうちのじゃない。」

ナイトは無表情で答えた。


2人は棒立ちになり見つめた。できることなど何もなかった。


第一波は耳をつんざくような咆哮をあげ、地響きと共に上空を通過し消えていった。爆弾が投下され、爆風が街を駆け抜けた。赤や黄色の炎が天を突き、破砕物が宙を舞い、淡い夜明けに一瞬のシルエットを浮かび上がらせた。


第二波がやってきた。飛空音はますます大きく遠くまで轟き、爆弾の稲妻のような炸裂音がリズムを刻んだ。


対空砲が息を吹き返し、不屈の炎を侵略者に浴びせたが、まもなく第三波が迫ってきた。


第三波は対空砲に狙いを定め、3台の対空砲は黒い煙をあげて地になぎ倒された。残りの3台はなんとか持ち堪えた。


数秒間、センターはそれまでの激しさとは対照的な静寂に包まれた。犬が瓦礫の中を右往左往し、主人を探して不安そうに吠え声を上げた。


叫び声が朝の空気を切り裂いた。サイレンがなり、男たちが張り上げた声をかき消すように、呻き声や悲鳴があがった。


またも戦闘機が、コンピューター研究棟にある対空砲を狙った。


対空砲と戦闘機の間で実弾の応酬が行われた。2機の戦闘機が旋回し墜落したが、残りの戦闘機が攻撃を再開した時には、対空砲は反撃に出ることもできなかった。


瓦礫の中を第4研究室に向かう車も、容赦のない攻撃を受けた。研究室周辺や隣接する発着エリアは爆撃を受けていない。その様子を見たナイトは1つしか理由がないことに気づいた。


ロシア・アジアは、この日の為に長く念入りに計画を立ててきた。あまりにもうまく進んでいたため、アメリカ側のスパイでさえ、和平交渉は誠実に進んでいると思い込んでしまった。彼らは東西間の友好を望んでいることを強調し、西側諸国もこれに期待し、半ば信じていた。そうして準備不足の状況で、この不意打ちを喰らった。


コニーの関与を仄めかす匿名の電話は、マイルズを不利な状況に追い込むための一手に過ぎなかった。船の出発を遅らせる事で、マイルズだけでなく誰1人船内にいなくなるよう仕向けた。そして攻撃が始まった時には誰も船の乗っ取りを阻止できない状況を作り上げたのだ。


全てが綿密に進んでいた。ロボットがセキュリティに電話をかけるタイミング、クラークやビクセンが搭乗する前の夜明け前の攻撃………もしや、ビクセンは彼らのスパイで、すでに船内にいるということは?


早く行かなければ、手遅れになる前に!


ナイトはドアを開け、ジェーンを車に押し込んだ。

「ハンドルを握れ!なんとしてでもコニーの元に戻るんだ!もし戦闘機が来たら、ジャンプして逃げろ!車に留まれば爆撃されるぞ。俺は船に行かなければ!」


戦闘機が爆音で彼らの元へ迫ってきた、曳光弾の光が道を照らす。


背後から軍事トラックが猛スピードでタイヤを軋ませ走ってきた。ジェーンが「コニー!」と叫んだ。トラックは全力で彼らの元へ走ってきて旋回し、コニーが降り立った。


曳光弾はなめるようにトラックの軌跡を射程に捕らえた。ジェーンは絶叫をする。戦闘機は飛び去った。コニーは車道に倒れ、運転手を失ったトラックは、あてもなく彷徨っていた。


「いやー!」

ジェーンはナイトを押し退け、顔面蒼白で姉の元に駆け寄った。ナイトはいたたまれない思いで後を追った。


コニーは人形のように青白く横たわっていた。ジェーンは彼女のそばに跪き、彼女の手を握り

「コニー、コニー、どうして。」

と、上擦った声で何度も何度もつぶやいた。


「君を助けにきてくれたんだ。看護婦だから、君やティム、そして傷ついた人たちのために、きてくれたんだ。彼女はそうありたかったんだ。」ナイトが優しく言った。


サイレンが鳴り響いたのち、また1つ対空砲が爆撃機に破壊された。


「やつらが殺した。」ジェーンの声はショックでかすれていた。コニーの手を両手で包み、跪いたその膝には血が滲んでいた。「やつらが殺した、やつらが姉さんを殺した!」


彼女は顔をあげ、上空を行き交う戦闘機を睨みつけた、その目は深く傷つき、恐ろしいほどの憎しみに燃えていた。


ふいにショックから抑えられていた涙が溢れ出た。慰めることなど到底できない状況だ。震えながら姉の横ですすり泣くジェーンを残し、ナイトはその場を立ち去った。



 

第4章 4節



ナイトは身を隠しながら研究室に向かって走った。途中で横倒しになったジープの側で兵士が無惨に倒れていた。ナイトは彼から銃火器類とクリップベルトを失敬した。一度は飛行機に見つかったが、なんとかして第4研究室に近いセンターの西側の入り口までたどり着いた。


研究室の上空をロシア・アジアの6機の輸送機が旋回しながら現れた。輸送機からはパラシュート兵が吐き出され、発砲しながら降下をする。センターや正門の外からも自動小銃による応酬があり、一帯は銃声に包まれた。


最後に戦闘機に守られるながら高速爆撃機がやってきた。爆撃機は第4研究室に一番近い発着エリアに着陸態勢をとった。


この爆撃機は、発着エリアを吹っ飛ばすことが目的ではない。運んできた乗客は疑う余地もなかった。


爆撃機が着陸するや、ナイトは地上管制局とその先にある第4研究室に向かって走った。パラシュート部隊がナイトに向かって発砲するが、走るナイトを捉える事はできなかった。


背後や足元で着弾を感じながら地上管制局にたどり着いた。中に入り扉を閉じると、鉄筋の扉が弾をはじく音が聞こえた。外では新たな発砲部隊が加わり、状況はさらに悪くなっていた。船まで60メートル。だが、それは問題ではない。ナイトは地上管制局から船の最高決定権を握るのだから。


第4研究室の扉付近では警備員が死んでおり、スライド式の開閉壁は開放されていた。ナイトは自動小銃を構え部屋の中へ進んだ。


部屋の中にはジョージ以外は誰もいなかった。ジョージは部屋の一番奥にある操作パネル前から、すぐに向き直った。ジョージの手元にある第4研究室の開閉壁のスイッチが『開』になっているのが見えた。


「スイッチを切り、第4研究室の壁を閉めろ!」ナイトは命令をした。


ロボットは命令が聞こえていないのか、迅速な足取りでナイトに歩み寄り、鋼鉄の腕を伸ばす。嫌な予感に背筋が凍りつく。


「やめろ!」


彼はスピードを緩めずナイトのもとにやってきた。暗色の瞳は思慮深く、伸ばされた鋼鉄の腕は、胴体から頭を引き抜くほどの破壊力を秘めていた。


「やめろ!」


その手はナイトに振り下ろされ、喉元をかすめた。ナイトは転げるようにして、その手から逃れた。


ロボットがなぜ自分を殺そうとしているのかを考える暇もなかった。ナイトは自動小銃を構え、2秒の間に20発の弾丸を打ち込んだ。弾丸は貫通し、その巨体を揺らした。ロボットが床に倒れると、その暗色の瞳は、いつもと変わらず、思慮深そうな実直な表情でナイトを見上げた。


だが死んでいるのだ。脳はズタズタになり、それは実質的な死であった。


ナイトは操作パネルに駆け寄り、スイッチを押し、第4研究室の屋根を閉めた。なぜロボットは自分を殺そうとしたのか。機械には意思がないのに…「やめろ」という命令を無視し、意図を持って彼に向かってきたのだ。耳が聞こえなかったのか…


その通りだった、聞こえていなかったのだ。

彼は『第4研究室の開閉壁を開け、地上管制局に立ち入ったものは抹殺せよ』との命令を受けて送り込まれていたのだ。そして命令を受けた後、耳にあるマイクを外された上で任務に着いた。故にその後はいかなる命令も彼には届かなくなっていたのだ。


ナイトは急ぎ自動小銃に弾丸を装填すると、慎重に扉を10センチほど開けてみた。部隊が船を大きく取り囲んでいる様子が見えた。そのうちの2人が扉が空いたのを認め弾丸を打ち込んできた。


日に照らされた船がそこにあった。開閉壁は開き、船のロックは外されていた。1人の男が朝日に照らされて立っていた…ビクセン。彼は発着エリアから船に向かってくる車を見つめていた。砂埃をあげるその車は、爆撃機を従えていた。


ナイトは地上管制局の扉を閉め、誰も入って来れぬよう扉をロックをした。扉の外側からは定期的に銃弾が打ち込まれる音が聞こえて、誰も出入りができない状況であることを知らせてくれていた。彼は操作パネルに戻り、第4研究室の開閉壁は閉まらなかった理由を知った。ジョージがスイッチに繋がるワイヤーを全て引きちぎり配線を抜いてしまっていたのだ。短時間で修復するのは困難な状況だ。


操作パネルの前に座り、監督官との通信スクリーンの電源を入れた。船内の様子が映し出されるが、操縦室にはまだ誰もいない。ナイトは船内の優先操縦機構を全て切るべく、次のような命令を下した。

「操縦室からの命令は全て無効とする。パイロットからのパネルを通しての指令も全て無効とする。」


沈黙が回答だった。ナイトは不安に駆られた

「ドライブシステム、応答せよ。」


沈黙。


ナイトは無駄と感じながらも、もう一度

「ドライブシステム、承認せよ。」


再び完全な沈黙が訪れ、これ以上やっても無駄だと確信した。地上管制局の通信パネルは破壊され、船の離陸を阻止することはできなかった。扉には銃弾が打ち込まれ続け、脱出がいかに困難であるかを警告している。ここでは打つ手がなく、脱出すれば一瞬にして打たれる。どうすればいいのか。


彼は爆撃機と車が船に向かう走行速度から、時間を見積もった。そこにいるのはもちろんカリンであり、カリンとビクソンで船を飛ばすつもりでいるのだろう。ビクセンがパイロット席に座り、その後ろでカリンが彼を監視する。ビクセンはマイルズと同じく手動操縦を熟知しているが、カリンは1人でも、簡単な音声コマンドで船を動かすことができる。センターの援軍が来るころには手遅れとなっているだろう。



沈黙を破り、監督官スクリーンがついた。1人の男が映し出される、カリンだ。黒と灰色の警察高官の制服に身を包みんだ彼は、誰も従えず1人で現れた。操縦室を一瞥すると、全てを知り尽くした顔で監督官席についた。


監督官席のスクリーンにナイトが映っているのを見ると、カリンは驚き、悦びに満ちた笑みを浮かべた。ナイトはプンタ・アズールでの再開と同じ挨拶をしてみせた。

「どこへ行く、カリン。」


カリンは椅子にゆったり腰掛け、余裕の笑みを浮かべて答えた。

「でかけるのだ。ビクセンが君はそこにいるだろうと言っていたが、忠実なるジョージに殺されてしまったのではないかと心配していたよ。」


そう言ってカリンは目線をスクリーンの奥にやり、床に倒れたロボットを見た。


「君はロボットにぶっ壊される前に、ロボットをぶっ壊す知性があったようだね。ビクセンを通じて、あれには随分役立ってもらったよ。最後の指令『地上管制局に立ち入ったものは抹殺せよ』は失敗に終わったがね。ここでは楽しく話そうじゃないか、カリンという男がどこに向かおうとしているのかや、君が恐れていることなども全て、ざっくばらんに。」


ナイトが口を開く

「ひとりなのか?ビクセンはどこだ?」


「外にいる。彼も同行できないことにかなり驚いていたよ。」


「ビクセンはパイロットであり監督官でもある。なぜ同行させない。」


「この船の設計者は、懸命なことにパイロットの手動運転を不要にする、ロボット脳ドライブを搭載した。船を操るものが、その進路を決める。私1人がその任にあたれば裏切りの心配もない。」


カリンは赤いノブに手を伸ばし、右に回した。

「パイロットなど不要だ。君はこの船をバカでも扱えるようにしてくれた。」


「どうやってビクセンを引き込んだ。」


「彼は選ばれたのだよ、ナイト。数年前にね。彼は精神安定テストには合格しているが、自らを大切にする男だ。この船に出入りできるものの中でビクセンは適任だった。様々なタイプの人間がいるから、ご協力を仰ぐにも様々な手段が存在するのだよ。ビクセンはとても簡単だった、Yドラッグを使ったのだ。噂には聞いたことがあるだろう?数年前、我々の科学者が開発した非常に有効な薬だ。投与して30日後、被験者は激しい痛みに襲われる。痛みは刻々と増していき、オリジナルの薬から生成された解毒剤だけが、その痛みと最終的な死を止めることができる。我々はビクセンに心からの協力を乞うために、しばらく解毒剤を我慢してもらったりもした。もし彼が愚かにも船に乗り込んでこようとしたら、6時間以内に痛みにもがきながら死ぬことになっただろう。Yドラッグの最後の投与も含め、全てが周到に準備されていたのだよ。」


「ビクセンはどうなるんだ!」


「さてどうだろう?」カリンは肩をすくめた。「彼は充分役立ってくれた。もう用はない。」


「解毒剤はどうなっている。」


「センターに残る慈悲深い我が軍は、彼を長く苦しめたりはしない。」


ナイトはそこに救いを見出せなかった、何しろ計画を立てたのが意図的に冷酷なカリンなのだから。


「長く計画を立ててきたことだ。」

カリンはナイトの心を見透かしたような発言をした。

「私は常に誰かの二番手に甘んじてきたが、今度は私が世界を踊らせるのだ。」


ナイトが刺すような眼差しを送り、カリンが高笑いをする。

「安心しろ、狂ってなどいない。この船は私の鞭なのだ、鞭の脅威をもって世界の何十億の馬を従順に手懐けてみせる。」


「とんだ性癖だな。」


「望んだ成果が手に入るのだ。だからこそ私はロボットを好む。脅しもYドラッグも必要ない。疑うことなく命令を聞き入れ、疑うことなく実行する。」


扉を打つ弾丸の音が止んでいることにナイトは気がついた。センターの援軍が到着したのだろう、パラシュート部隊は扉を監視している場合ではなくなったのだ。


ナイトは船を引き止めることができなかった。カリンはロボットの従順さを愛し、ロボット脳は何の疑問も抱かずに命令に従う。


しかし、カリンがその命令を適切な文言で伝えられなかったとしたら…。


「また別れの時が来たな。お前の船に命令を下そう、聴いていたまえ。」


カリンは勝利と歓喜の笑みを浮かべ命令をした。

「ドライブコントロール、加速せよ。」


それはナイトが願った展開だった。

そのコマンドはロボット脳が即時反応するもので、カリンでさえも消して取り消すことのできないものだった。


船のドライブが3秒足らずで起動し、加速状態になると船体は一気に上昇した。その衝撃でカリンの体はクッションシートにめり込み、身動きが取れなくなった。口を開こうとした時、恐ろしい現実に直面し、意識を失った。


ナイトはスクリーンから目を逸らした。


カリンが意識を取り戻したのは、その日遅くだった。その恐ろしく長い時間、カリンは死なずに持ち堪えた。操縦室のドクターは非常に優秀だったのだ。


ナイトは扉を開け、表に出た。船は視界のはるか彼方、既に見えなくなり、パラシュート部隊は銃を捨て、センターの援軍に包囲され降伏していた。戦闘機は1台残らず、太平洋のどこかに浮かぶ空母に逃げ帰ったようだ。


戦争は未遂に終わった。ロシア・アジアは全てを盛り込んで事を起こそうとしたが、1つの間違った命令により、計画は台無しとなった。


第4研究室の前で誰かが倒れている。その男は動かず、メガネをかけたままの優しい顔は、死んで尚申し訳なさそうな表情を浮かべていた。ナイトは安堵した。ビクセンは罰を受けたが、これからカリンが支払うことになるであろうものを思えば、穏やかなものだった。


「ブラッキー」


ジェーンが自動小銃を手に、腰からカートリッジベルトを垂らして、ナイトに駆け寄った。


「私たち負けてしまったのね?船は奪われて、止めることもできなかった。」


「船は二度と帰ってこない。」

ナイトはジェーンを見つめた。汚れた手で自動小銃を握りしめ、服は破れ、傷ついた顔は涙で汚れていた。カートリッジベルトにはほとんど弾が残されていなかった。


「ティムもやられた。きっと最初の爆撃で殺されたに違いないわ。戻って救助活動をしなきゃ、助けを待っている人が大勢いる、コニーもきっとそうしたいって思ってる、でも。」

ナイトを見上げたジェーンの顔に涙が溢れた。

「彼女をうちに連れ帰りたいの。」


「コニーを家に連れて帰ろう。」

ナイトは、ジェーンの肩を抱いた。


 

第5章




ドクターの飛行訓練には、乗員の体調を把握しパイロットに共有するという項目がある。ドクターがパイロットへの通信パネルの文言を最後に修正してからどれくらい経っただろうか。いよいよ終わりが近づきつつあった。


『現加速度における監督官の余命は1時間 減速なき限り監督官は死亡する』


船のドライブに取り返しのつかない命令が与えられてから、どれほどの日時が過ぎたのだろうか。


カリンを死に追いやったのはビクセンだった。穏やかで申し訳なさそうな顔をしたビクセン。


捨て駒にされると悟ったビクセンは、人知れず報復を企てた。それはドライブへの適切な命令をカリンに伝えるというものだ。


「ドライブコントロール、加速せよ。」


ビクセンは、この命令がロボットドライブに最大加速を促し、減速が命じられるまで完全な加速状態が維持されることを知っていた。


また離陸時の急加速でカリンが意識を失い、口が利けなくなることもわかっていた。


さらに操縦室のロボットドクターが最大加速時に救命活動を命じられていることも承知していた。


それは心臓を機械に繋ぎ、血流を泡立たせ、機械肺に注ぐというものだった。


そのような処置で延命されることもビクセンは見越していたのである。


ドクターの看護により、血流には栄養が投与され延命される。さらに監督官が緊急時に覚醒状態で対処できるよう抗ヒステリー薬も投与されるのだ。


船が高速に達し、スクリーンが暗転してからどれほどの時間が経っただろうか。地上ではナイトや仲間たちが加速度を上げる船を見守っていた。何かを訴えたかったが、この状況でできることなど何もなかった。


地上管制局からの船の制御は、ロボットによりパネルが破壊されていて叶わない。そう、機械はミスなどしないのだ。


ナイトはかつてのやりとりを思い出した。

「服従を望んでいたな、カリン。手にした気持ちはどうだ。おまえは人を機械のごとく従わせようと画策してきた。その誤算に気がついたか。人の行動は機械のようには制御できないし、人のように振る舞う機械を作ることもできない。機械は人の手先であり、対等に渡り合うことはできない。生身と鋼の間には埋まらぬ溝があるのだ。目の前のパネルに書かれた5つの単語を読めばわかるだろう。」


残された時間は何分だろう。ドクターは彼が生き延びたいことも、減速だけしか助かる道がないことも知っていた。知的なドクターは全てを承知していたが、従順にも減速の指令を待つのみだった。


かつて何の思考も挟まず、疑問も持たず、従順であることを望んだ男は、遂にそれを手に入れた。ようやくナイトが言わんとしていた事を理解した。死を迎えた時、その男は空っぽの肺で笑おうと口を歪ませ、その目は5つの単語の苦い教訓を凝視し続けた。


よい船だった。永遠の旅に耐えうる作りで、全速力で銀河を駆ける。先へさらに先へ。銀河が巨大な白い炎の渦となり消えてなくなるまで。


先へさらに先へ。早くもっと早く。何もない漆黒の虚空へ。


暗色の瞳のロボットが目的も理由もなく、屍を見つめる。5つの単語を睨む屍は不気味で冷酷な笑みを浮かべていた。



A MACHINE DOES NOT CARE.

(機械に意思はない)



 

※1:全訳ではなく、ダイジェストです。


※2:便宜上、章立てさせていただきましたが、原作は章立てされておりません。

 

Astounding Science Fiction Magazine, October 1953

『THE GULF BETWEEN』 TOM GODWIN





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